シニアライフも楽じゃないゼ

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安室奈美恵って今更だけどすごい歌姫だったよね

(画像引用:news.yahoo.co.jp)

こんにちは、クレラップのCMのオカッパ姉妹が新顔に代わったが、前の子役のお姉ちゃんの方がめちゃくちゃ美形だったことを誰かに力説して共感を得たかったキタムラフユトです。(どこに注目してんねん)

さて、沖縄本土復帰50年がらみで、2019年に放送されたNHKスペシャル「安室奈美恵 最後の告白」がNHK+で限定配信されていました。(22日に終了)←もっと早く書け

言わずと知れた「平成の歌姫」の生の声が収録された貴重な番組で、当時も見たはずですが改めて安室ちゃんのスゴさを感じたので、今日はその感想などについて書いてみたいと思います。

とにかくすごい人気だった

安室ちゃんをテレビで初めて見たのは、SUPER MONKEY'Sのメインとして日テレの「夜もヒッパレ」に出ていた頃ですかね。当時はまだ14歳。笑

17歳の時に小室哲哉さんのプロデュースでソロ歌手としての第一歩を踏み出すわけですが、95年のダンスキャンプ(小室ファミリー総出演)で、2日前に出来たばかりの曲(Body Feels EXIT)を3万人の大観衆の前で完璧な振り付きで歌いきったというエピソードは伝説になっているそうです。(当時のバックダンサーはMAXの4人 )

そのあたりはやはり、沖縄アクターズスクールでの厳しいレッスンが活きていたんでしょうね。

わずか2日で完璧に仕上げた安室の才能に驚いた小室さんは、この後もタッグを組んで次々とヒット曲を生んでいきます。

2曲めの「Chase the Chance」がミリオンで、「SWEET 19 BLUES」では19歳の安室の素顔を歌って若い世代の共感を呼び、アルバム売り上げは驚異の336万枚。

歌やダンスはもちろんのこと、ファッションセンスも受けて、厚底ブーツに細い眉毛の「アムラー」が街にあふれる社会現象も巻き起こしました。

当時の安室は、敷かれたレールの上をきちんと走っていくことだけに集中していたそうです。
カラオケブームやCDの普及など時代の波に乗って10代でトップスターに駆け上がったものの、胸の内は複雑だったと後に語っています。

人気絶頂の二十歳で結婚、出産

これは驚きましたよね。
人気絶頂のさなかに、一年間の産休に入ることを突然発表しました。

紅白の大トリで「CAN YOU CELEBRATE?」を歌って華々しく区切りをつけたわけですが…

休業から復帰する頃には、思わぬ苦難の道が待っていました。

それは何かというと、彼女が休んでいる間に音楽界が激変していたんですね。

歌手としての生き残りをかけてもがく安室

長引く不況が影を落として、安室のダンスミュージックは廃れていきます。
小室サウンドが以前のようには通用しなくなったんですね。

インターネットの普及によってCDが売れなくなったこともそうですが、むしろ大きかったのは新たな歌姫たちの台頭ではないでしょうか。

椎名林檎、浜崎あゆみ、aikoなどが次々にデビュー。
特に天才・宇多田ヒカルの登場は衝撃的で、自らの作詞作曲で繊細な内面を歌うという真逆のスタイルは、イケイケの小室サウンドを色褪せさせるには十分だった気がします。

歌手としての生き残りをかけてもがく安室は、ついに小室とのタッグを解消。
自ら作曲にも挑戦したそうですが、そっちの才能はあまりなかったようです。笑

その間に最愛の母親が急死したり、離婚も経験して、シングルマザーとして子育てにも奮闘します。

本人としては最も苦しい時期だったと思いますが、その姿は仕事と家庭の両立に悩む平成の女性たちに勇気を与えたということで、番組ではファンの感謝の声を紹介していました。

奇跡の復活へ

平成最後の10年、安室は歌姫として奇跡の復活を遂げることになります。

(画像引用:natalie.mu)

平成15年(2003年)にアメリカ帰りの歌手やクリエーターたちと一緒にアルバム作りをする機会を得て、そこで型にはまらず自由な発想で曲を生み出す姿に刺激を受け、開放感や楽しさに気づくことに。

「音楽はもっと自由だ、自分が本当にやりたいことを追求すればいい」
「自分はやはり歌とダンス、そこで勝負しよう」
そう決意することで迷いが消えたそうです。

平成16年(2004年)には技術革新の波が来て、PCの普及、無料の動画配信や音楽配信サービスがスタートします。
平成17年(2005年)から18年(2006年)にはCDを買わずともデータで取り込んで携帯端末で楽しむ時代に突入し、音楽活動をネットで配信するなど、ネットが音楽活動の主流になっていきました。

そんな中、安室はコンサート活動に軸足を置き、直接歌を届ける道を選びます。(年間9ヶ月全国60公演)

そして、この選択が功を奏します。
彼女の活動スタイルを真似るアーティストが増えるにつれ、ネット配信よりもコンサートの売り上げの方が右肩上がりに増えていったのです。

やっぱり生のステージが最高!ってことになったんでしょうね。
そのきっかけを作った安室は、期せずして平成の音楽界をリードする歌姫に返り咲いたわけです。
10年間で日本全国そしてアジアで344万人を動員。
これは女性ソロアーティスト歴代最多の記録だそうです。

デビュー25年めの年に突然…

平成30年(2018年)再びトップスターに返り咲いた安室でしたが、デビュー25年めの年に突然、衝撃的な発表をします。

平成最後の9月に歌手としての活動を引退する—。

これも驚きました。
過去にも人気絶頂のさなかに引退した歌手はいましたが(山口百恵ちゃんとか)、歌はもちろんダンスもキレキレで、まだまだ見たいと思っていたので。

引退の理由について安室は↓このように語っています。

ファンの中に「いい状態の安室奈美恵」を思い出として残して欲しいな、って。
一つのゴール地点はそこだった。
(7年前から)声帯も壊してしまって、そういう不安もあって、そろそろ声帯も限界なのかなとか、声がうまく出ないなとか…。


そうだったんだね。
声帯がヤバかったなんて、ステージでの完璧なパフォーマンスからは想像もできなかったので、そういう意味でもやっぱりプロフェッショナルなんだなぁ、と思いますね。

年取って高い声が出なくなってキーを下げちゃうベテラン歌手もいますがw、まあ、それはそれとして、いい時にやめる、という選択も悪くないんじゃないかと個人的には思っています。

番組では、
「歌手、安室奈美恵の25年の歩みは、平成の激動の音楽史であり女性史でもあった」
というまとめ方でしたが、確かに、彼女ほど栄光と挫折、幾多の困難を乗り越えた歌姫を他に知らないし、可愛くてかっこよくて、最高だった安室奈美恵。素敵です!

最後(だけ)のMC

※極度の人見知りでトークにも自信のない安室はMC無しを貫いていたw

「皆さんの素晴らしい毎日の中に、素晴らしい音楽が常にあふれているよう、心からそう願っています。
これからも素敵な音楽にたくさんたくさん、ぜひ出会ってください。
みんな元気でね〜! バイバ〜イ!」